お金を使う軸なんて自分以外に持てない

以前読んだ本の中に、以下のような趣旨の文章がありました。(本の詳細は失念しました)

 

質素倹約に励む生活をしてきた高齢の母が、ブランドのドレスを着て

「もっと若いときに袖を通したかった」と言った。

 

正確な文章の引用ではありませんが、概ねこのような意味だったと記憶しています。

 

上記のエピソードを読んで、「この”母”が言っているのは、若いときのお金の使い方で後悔しているのかな」と考えました。

一般的な若い世代はお金をあまり持っておらず、高級ブランドの服を着ることは困難です。

しかし、だからこそ背伸びをする理由があるのかもしれません。

 

資産が少ない中で高級な服に身を包むことで得られる高揚感は、資産を蓄えた60代のそれとは比べ物にならない

 

つまり、心から欲しいというものにお金を使う行為は、得られる価値の追求です。

この”母”は、若いときにどうしても着たかったドレスがあったのではないか、例えばそこに「憧れ」という価値があったのではないかと推測できます。

 

この”母”は、背伸びをすれば若いときにブランドのドレスが買える状況にあったのかもしれません。

でもこの”母”はそうしなかったから後悔していると読み取れば、価値よりも価格を見て判断して後悔した例だと思います。

 

これを考えると、価値>価格だと感じられるものにお金を使える人は、お金の使い方がうまい人だと思います。

価値<価格と感じるものにお金を使うのは浪費です。

 

ただ、自分の中で価格に見合う/それ以上の価値を持つものがあれば、そこでお金を使わなければ後悔するかもしれません。

買わなかったことに対して後悔しないのであれば、倹約が自分の一番の価値だと言えるでしょう。

心から欲しいと思う「価値」があるということは幸せかもしれません。

 

まとめると、自分の感じる価値が分かる人はお金を上手に使える人で、自分の感じる価値が分からない人はお金の使い方が下手な人なのでしょう。